12歳でパリ音楽院の1等賞を受賞。その後5年間ロサンゼルスでハイフェッツに師事し個人指導を受けた。パリに戻った直後、ベルグのヴァイオリン協奏曲をショルティ指揮パリ管弦楽団と共演し国際舞台に登場。以後、ベルリンフィル、ボストン交響楽団はじめ数多くの世界一流オーケストラと演奏する事になる。バッハからベルク、シェーンベルグ、デュティーユの協奏曲と幅広いレパートリーを有し、カラヤン、小澤、マゼール、プレートル、ザンデルリンク、デュトワ、ブーレーズなどの世界的指揮者と共演する。
レコードはエラート、デッカおよびハルモニアムンディに多数録音している。若くしてパリ国立高等音楽院の教授に迎えられ、現在はローザンヌ音楽院で教え、ローザンヌ夏期音楽アカデミーの芸術監督も務める。近年、世界から集まった14人の若い音楽家と共にカメラータドローザンヌを結成。使用楽器は1717年製ストラディヴァリウス”コハンスキ”。
ヘルベルト· フォン· カラヤンとピエール アモイヤル